2009.10.22
2009.10.19
2009.10.18
大観峰
立山からトローリーバスに乗る。長いトンネルを潜り抜けると終点の駅に到着。そう、ここが大観峰だ。展望台に登ると目の前に雄大な北アルプスの山々。眼下には黒部第4ダムに堰き止められ、なみなみと水をたたえた黒部湖の湖面が広がる……。
大嘘。
先週の仙台から一転。今週は九州にぶらっとやってきました。16日、金曜の夕方、津を出発。あれれ、なぎさまちからセントレアへ向かう船はいつもより小さいです。最近、空席が目立つので船もリストラしちゃったかな? 例によってまるは食堂でちょっと早い夕食。いつものセントレア定食です。セントレアはまさに日が落ちるところ。夕焼けがきれいです。飛行機は17時50分発熊本行きのJAL便。
金曜日は熊本市内泊。17日にはいつもの黒川温泉「壱の井」へ泊まりました。今年で連続5回目かな? 例によって夕食は豪華でおいしかったです。そして、本日18日は大観峰へ寄ってきました。大観峰はアルペンルートのとここ阿蘇に同名のが2つ有るんですよん。ちょっと霞んでいたけど、雄大な景観は感動的です。今日の夜、熊本空港からセントレアに降りて船で津に戻ります。
2009.10.14
松島やああ松島や松島や
10月10日~12日の3連休を利用してビートでぶらりと一人旅。松島(宮城)~作並(宮城)~上山(山形)と回ってきました。9日、金曜日の夜に津の家を出て松島に着いたのは10日の14時前。900km近く走っちゃいました。松島は生まれて初めてです。
松島は三連休だからかかなり賑わっています。まずは松島海岸の横のお店で遅いお昼。カキ定食です。三重県的矢産のそれに比べるとかなり大振りで、味もちょっとおお味だったけど美味しかったですよ。
観光船にも乗っちゃいました。松島湾巡り50分。出港するとカモメ(ですよね)が付いてきます。餌付けされてるんですね。というかエサが船内で売ってたりします。景色は素晴らしいですよ。日本三景なんですが、かつて行ったことがある天橋立や宮島と比べてもここが一番景観はいいんじゃないでしょうか。
船から下りると地面が湿っていました。通り雨があったんですね。ふと、空を見ると見事な虹が松島湾にかかっていました。二重の虹も久しぶりに見ました。感動的な景色を見られてなんかもったいない気分。この日は松島泊。
翌11日、朝起きたらすごく朝焼けがきれい。ホテルの露天風呂からぼーっと日の出を見ていました。今日は仙台市内でよさこいソーランの大会があるそうで、ホテルに泊まったチームが出陣式をしていました。若い女の子ばかりで元気がよかったですよ。津まつり(そういえばこの土日だった)でも同じようなのやってるけど、はやりなのかな?
この日は作並付近で所用をこなして、夜は県境を越え、山形の上山温泉泊。
翌12日は、上山から新潟に出て中条ICから北陸道を回って津まで帰ってきました。途中でどっかの温泉にでも寄りたかったんですが、いったん降りるとまた高速代1000円取られるしねぇ。高速がただになって降りたり入ったりしながらいろんな所を回れるようになれば観光振興にもなると思うんだけど、早く公約を実行してね、民主党さん。ぼくは自民党に投票したんだけどね。
2009.10.11
2009.10.09
K4-GP(決勝日)
翌8月14日、K4-GP決勝日です。6時に大御神のガレージに集合して搬入を手伝うために、5時30分に携帯の目覚ましを合わせてあったんですが、目が覚めたら7時前。げげ、大幅に遅刻だよぉ。またやっちゃった。なんで目覚ましならなかったの。ううん、マナーモード? マナーモードだと鳴らないでぶるぶるするだけ? それっておかしいよ、設計ミスだよ。携帯が悪いよなぁ。ということで、あわてて支度をして富士スピードウェイへ直行。
「ごめ~ん」といいつつピットに到着したらすでにマシンはストレートに並べられていました。通常の変則ルマン式スタートと違って、ピット側から観客席側に並べられたマシンにドライバーじゃないチーム員が走っていきます。走り寄る人にはレギュレーションで仮装が義務づけられています。最大使用燃料の上限もカテゴリー毎に決められていて、ようするにエコランのお遊びで競技じゃないという位置づけになっているんですね。順位はつくんですけどね。そうしないと関係各方面からクレームを付けられる見たいです。
8時ちょどに仮装した人が自分のチームのクルマに駆け寄って、レースはスタート。我が100号車モークも無難にスタートを切って、1周を回りストレートに無事戻っ……。うん、エンジン音がおかしい! 早くもエンジン壊れちゃったの? 実は100号車は、去年も1スティント目にエンジンブローしてあっという間にリタイヤしたそうです。今年ももう終わっちゃうのかとピットは騒然。でもスタートドライバー氏はとりあえず動くので、めげずに走行を続行して、数周後ピットに戻ってきました。
メカニックとチーム員がクルマに駆け寄ります。ちなみにメカニック陣は超豪華。ムーンクラフトのベテランメカニックの鳥島さんとFNで大嶋車、GTで紫電のエンジニアをしている渡辺さんの2名です。さっそく、鳥島さんがリヤカウルを開けて原因究明と修復に乗り出します。どうやら燃料ポンプのトラブルらしいです。燃料ポンプはメイン用のとリザーブタンク用のと2つあってメイン用が壊れてるらしく、メインに繋がってるパイプととリザーブのとをつなぎ替えて、なんとか修復しました。
ドライバーチェンジをして100号車は再びコースイン。1周を回ってきてストレートに出てきたマシンのエンジン音も快調です。その後、予定通り規定の周回でドライバーをチェンジしつつ順調に周回をこなしていきます。いよいよ次はぼくの出番です。
ところが、マシンが戻ってきません。な~んとガス欠で止まってるとのこと。レッカーに引かれてそのままガソリンスタンドへ直行。予想以上に燃費が悪いみたいです。リザーブタンクの燃料ポンプをメイン用につないじゃったのでリザーブに切り替えることもできず、ガス欠で即ストップしてしまいます。
ガソリンスタンドからクルマが戻ってきました。いよいよぼくが乗り込みます。シートベルトを締めてもらって、エンジン始動。ピットレーンへ。制限速度が60キロで違反したドライバーに5000円の罰金が科せられるし、スピードメーターが壊れてて速度がわからないので必要以上にゆっくりと走行。ピット出口の光電管を確認しつつ1コーナーへ向かいますがどこにあるのかわからなかったので、適当にスピードアップ。う~ん、速度違反とられなかったかな?
1コーナーをインベタで入って、Aコーナーへ。うん? エンジンがばらばらいっておかしいぞ。とりあえず、1周を回ったけど、明らかにおかしい。パワーがないし回らないし。こりゃ次はピットに入らなきゃと思いつつ2周目の走行を続けたんですが、ついに最終コーナーを登り切ったところで息絶え、イン側のグリーンにクルマを止めました。鈴鹿なら下りになってるので惰性で戻れるのに。とりあえず、こういう場合は速やかにマシンから離れないといけないので、シートベルトを外して出ようとするんですが、オープンタイプのマシンに義務づけられているバンザイ防止のハーネスがこんがらがってなかなか出られません。それでもようやく、マシンから脱出して、タイヤウォールを乗り越えガードレールの外側に出ました。意外にタイヤバリアって登るの大変なんですね。う~ん、どこかのレーシングドライバーみたいに悔し紛れにタイヤバリアを蹴っ飛ばしたり、ヘルメットを叩きつけたり……、あ、ぼくのヘルメットは支給品じゃなくて自前なのでそんなことしたら大変だ。とりあえず、携帯電話でピットに止まっちゃったと連絡。ほどなくレスキューの人たちが駆けつけてくれたので、またまた牽引されてピットイン。
原因はしょうもないものでした。ガス欠でガソリンスタンドで給油をしたときに、燃料ポンプのスイッチをメイン側にしたみたいです。修理後はリザーブ用がメインタンクにつながっているのでこっちをオンにしないといけなかったんですね。つまりぼくでも気がつけば走行中にいじれたんですが、まったくそんなことアタマになかったですよ。
ということで再びピットアウト。今度はエンジンも快調。昨日不安だったブレーキングもレース用に前輪を交換したので安定していて不安はないです。50m看板でブレーキングしても大丈夫といわれてたけど、恐いので100m看板を過ぎてからブレーキング。Aコーナーも聞いたら4速でOKとのことなので1コーナー立ち上がりで4速に入れたらそのままヘアピン手前まで4速ホールド。ただ、Aコーナーは意外に高速なので一度飛び出しそうになりました。100Rは相変わらず怖くて全開にできません。ヘアピンは毎周外側が余っちゃいます。もうちょっとクリップを手前に取るか、進入スピードを速めてもいけるのかな? Bコーナーから先のうにうに区間はコース幅が広すぎて相変わらずどこを走っていいのかさっぱりわからず。最終コーナーはGがかかって足が右に持って行かれます。一度、シフトレバーにあたってニュートラルに抜け、ブォーンとエンジンが吹き上がったことがありました。エンジンを痛めてなきゃいいけど。
ちなみにこのレース。参加台数は160台近く。160台ですよ。信じられます? コース上はストレートであろうとコーナーであろうと大混雑。ぼくたちのクルマのラップタイムは2分40秒ほど。速いクルマは2分そこそこで、遅いクルマは3分30秒くらいでラップしています。つまり、おおざっぱにいって半分のクルマには抜かれて半分は抜かないといけないわけです。常にバックミラーで速いクルマが迫ってきてないか確認しないといけないし、遅いクルマをどこから抜こうか考えないといけないんです。みんなで走るクルマなので壊しちゃいけないし、けっこう気を使います。そんなこんなでぼくのスティントは終了。ベストラップは2分42秒くらい。とりあえず接触もなかったし、一安心かな。
一方、222号車の「子紫電あ~る」はスタートから快調。クルマは速いし、ドライバーも速いし向かうところ敵なし。2位以下をぶっちぎって周回を重ねています。本気で走れば2分を切ることもできるクルマですが、レースラップは2分10秒から20秒当たり。
ところがレース開始から7時間30分を過ぎた15時30分ころ、子紫電が緊急ピットインしてきました。なんと右リアタイヤがあさっての方向を向いています。どこかで接触してきたみたいです。右リアのロワーアームの付け根、ピローボールを受ける部分がぐにゃりと曲がって、ピローボールが脱落しています。これでは応急処置もできず、残念ながら子紫電はここでリタイア。
子紫電リタイアでがっがりしてるチーム員に追い打ちをかけるように、またまた100号車のモークがストレートに戻ってきません。今度はなんとアクセルワイヤーが切れてどこかで立ち往生してるみたいです。みたび牽引されてモークがピットに戻ってきました。ここからモークの大修復作業が始まります。話に聞くとモーク直しは例年の行事らしいです。由良さん自ら工具を持って鳥島さんと二人で大奮闘。なんと1時間以上かかってアクセルワイヤーを仮修復しちゃいました。ほんと脱帽です。
修復後のモークは快調。ちょっとアクセルがひっかかるというトラブルがありましたが、ドライバーをチェンジしつつ18時にはゴールを迎えました。その後、幻想的なライトオンしてのパレードランがあったりとなかなか素晴らしい演出です。レース後は反省会。今回壊れた部分の洗い直しをみんなでしました。ぼくは2回乗るはずだったのがトラブルで1回になったけど、怪我もなくクルマも壊さなかったし、ほんとよかったです。サーキットを走るのも怖いけど面白いですね。
サーキットでの片付けが終わって、クルマをムーンクラフトのガレージに戻しました。ガレージでこんなの見つけました。F20のムーンクラフト版です。奇抜なデザインでいろんなところで話題になっていましたが、これは由良さんじゃなくて息子さんの設計だそうです。「ヘッドライトを付けて軽のエンジン乗っけて来年はこれでK4-GPでちゃおう」なって声をありましたが、K4-GPはカーボンモノコックだめなんじゃ?
最後はお食事会。御殿場IC近くの中華料理店でわいわいがやがや。結局、終わったのは23時前。みんないい年でレースを走った後なのに元気ですね。解散後は地震で崩れた部分の修復が終わり、開通なった東名経由で家まで戻ってきました。2度ほど仮眠したので着いたのは日付が変わった5時前。また、来年も誘われたらK4-GPにでちゃおうかな。
2009.10.07
K4-GP(練習日)
ひょんなことからK4GPに誘われちゃいました。K4-GPって何? いえ、ぼくもよく知らないんですが、富士スピードウェイで毎年お盆の時期に行われている軽自動車の1000km耐久レースらしいです。今年は8月14日決勝です。
ということでまたまた古い話題で恐縮ですが8月12日(水)22時30分、富士スピードウェイを目指して津市の自宅を出発。初めて出場する人は13日の早朝6時からの講習を受けなければならなかったし、地震で東名が通行止めになり中央道を経由するため早く家を出ないといけなかったんです。
まぁ、中央経由で少々渋滞しても6時間もあれば富士に到着すると思ってたのですがこれが大間違い。土岐JCでの渋滞を皮切りに3度ほどの渋滞を乗り越えて富士に着いたのは6時30分。なんと8時間もかかってしまい、30分の遅刻。
講習は3時間以上あると聞いてたし、ゆるい大会だそうなので30分くらい遅刻しても大丈夫だろうと思って、講習場所らしきところに行ったら、入口らしきところに数名の人がいたので「まだ入れますか?」って訊いたら、スタッフの人だったようで「今ごろ来て何をいってるんだ」っていきなり怒られちゃいました。三重から来て東名通行止めで渋滞にはまって8時間かかったって事情を説明したら「あなたより遠い人でもちゃんと来てる」とかなりご立腹の様子。こっちもムッときたのでもう帰ろうかなと思ったら、ぼくの他にもやっぱり渋滞で遅刻してきた人が多かったようで、夕方特別に講習をするのでそれに出るようにとのことでした。まぁ、遅刻したぼくも悪いんだけど、こんな扱いを受けるならいっそ「申し訳ありませんがルールで遅刻した方は出られませんので、これに懲りずまた来年宜しくお願いします」とか丁寧に断られた方がすっきりすると思いつつ、まぁ、せっかく来たんだし、出られるんだからいっかと、気を取り直して講習会場を後にしました。
ぼくのチームは「ゆらたく屋のおじさん達 その1」という名前。ムーンクラフトの由良拓也さんのチームです。出場するクルマはモークスポーツというミニを由良さんがレース用に改造したもの。ミニは軽自動車じゃない? でも何故か車体が小さいのでここでは軽自動車扱いらしいです。ゼッケンは100番。7人で交代して耐久レースを走ります。自動車雑誌編集部員、地方公務員、救急ドクター、新聞社社長、教師……と多彩なチームメイトでみんないい人たちばかりです。
ぼくたちは3番ピット。ぼくがピットに顔を出したときはすでにマシンが置かれ準備中でした。ぼくの練習走行は午後から。モークに乗り込むと身長180cmのぼくには足が窮屈で膝がステアリングに当たっちゃいます。シートの移動はできない仕様みたいで、この状態でステアリングを切らないといけません。シフトノブはトラックみたいに長いのが床から生えています。前進4速。タッチは昔のFFのクルマみたいでぐにゃぐにゃ。どこに入ってるのかよくわかりません。
遊園地のカート以外でサーキットを走るのは初めて。緊張しつつピットレーンへ。ちょうど誰かがひっくりかえって赤旗中だったので、ピット出口に並び、解除と同時にピットアウトしました。1コーナーまでに3速まで入れてコーナーを立ち上がるとAコーナー。ここから富士の名物100R。大きく回り込んでヘアピン。ここからトップギアまでシフトアップしてBコーナー。この後、新設されたうにうにした区間を通って最終コーナー。そしてストレートに出て1周を回ります。
1コーナーのプレーキングは100m看板あたりで開始。振動が出て恐いです。1コーナーを回るとAコーナー手前で3速。立ち上がりで4速に入れて100Rを回り込むんですが、ずっとGがかかるので恐くて全開にできません。ヘアピンのアプローチでアウトに振るために100R出口はコースの中央あたりから。テレビでレースを見るとみんなそういうラインなのでぼくもまねしてるだけ。ヘアピン手前で3速にシフトダウン。ここを立ち上がると4速シフトアップしてAコーナーまではアクセルべた踏み。Aコーナー手前でブレーキング、3速にシフトダウンしてうにうに区間はストレートに出るまで3速ホールド。ここは富士が改修を行ったときにヘルマン・ティルケによって、F1が走ると1分を切っちゃうので付け加えられた部分らしいんですが、いまいちつかみ所がないです。コース幅が広いのと、ストレートに出るまで登りで前のコーナーが見づらいし、どこを走っていいか判らりません。最終コーナーもぐるっと回り込んでいて長くGがかかります。ストレートの最高速度に影響するのでアクセルを踏みたいけど、飛び出しそうで難しいです。
10周ほど回ってガソリンスタンドで満タンにしてピットに戻ってきました。タコメーターもスピードメーターも壊れて動いてないのでオーバーレブさせちゃったかも。ベストタイムは2分50秒を切るくらい。速い人で40秒前後なので、大きく迷惑をかけそうにないし、まぁ、いいかなというところで一安心。クルマもアンダー傾向でぼくみたいに限界で攻めない(攻められない)ドライバーには扱いやすかったです。
ちなみに「ゆらたく屋のおじさん達 その2」は、ゼッケン222号車の「子紫電あ~る」。このレースに勝つために作られたスペシャルマシンです。すごくかっこいいですよ。ドライブするのは由良さんや今年初めまでSUPER GTで本家紫電をドライブしてた高橋さんなどすごいドライバーばかりです。
夕方、チームのみんなは食事会と称する宴会に出かけて行きましたが、ぼくは特別講習。2時間以上かかった講習でしたが、通常のレースと違うのはセーフティカー先導による変速ルマン方式でのスタートだということと、スタートでの黄旗/青旗の運用あたり。講習の大半の時間は、このレースの性格とか意義とかそういう話が多かったように思います。後は、とにかく旗をよく見なさいという話。例年いうことを聞かずに問題を起こす出場者が多いみたいで、だから出場者にきつくいう場面もあるようです。ぼくが朝遅刻したときもそういう対応だったみたいですね。ただ、終わり際には「朝はきつくいってすみません」といっていただいたので少し嬉しかったです。
食事会場のイタリアンレストランに着いたらちょうど終わってみんなが店を出てきたところでした。2次会の由良邸で取っておいてもらったピザを食べて、この日予約してあった御殿場のスーパーホテルにチェックイン。
でも、トラブルはまだまだ続くのです。ぼくに取ってあった部屋を閉め忘れて蚊が入りベッドが汚れたので、違うホテルへ行ってねだって。で、紹介してもらったのはホテルα1御殿場。こっちのほうが高いホテルやん。ラッキー。スーパーホテルの支配人はすごく申し訳なさそうしてしていて、ホテル代の差額もいただいてα1に今度こそチェックイン。やっと落ち着けました。あしたは決勝です。
2009.10.05
日蝕クルーズ(帰港)
7月24日(木)、最終日です。この日は下船するだけです。入港予定は10時だったんですがなぜか9時になりました。朝目が覚めたらもう船は浦賀水道当たり? 例にによって朝食です。いままでで一番質素かな。なんだか食事のメニューの写真ばかり載せてきた気がしますが、お約束ということで。
撮影機材なんかの荷物は昨夜のうちに段ボールに詰めておいたので、運送会社の伝票を付けて、船室の外へ出します。これで自動的に自宅まで荷物が届くわけですね。乗船のときも運送会社に頼めば部屋まで運んでくれたんですが、直前まで荷造りしてたので重い荷物をもって港まで来なければなりませんでした。
船はベイブリッジをくぐって横浜港へ。大桟橋には日本一の豪華客船飛鳥も接岸しています。飛鳥もハワイからの帰りに皆既日蝕帯を通ってきたそうです。ぱしふぃっくびぃなすは、予定通り9時頃には大桟橋に接岸。今回お世話になった仲間に見送られて下船し、どこも寄らずにまっすぐ家に戻り、13時過ぎには自宅に到着しました。
今回の航路図です。日蝕が見られたのもうれしかったけど、船旅も満喫できました。クルーズ代は毎日高級ホテルに泊まれるほどなんですが、朝昼晩3度の食事に夜食、ケーキバイキングが付いていて食事代は無料。コインランドリーに映画にフィットネスクラブも無料。サービスの質も高いし、船からの非日常的景観も楽しむことができるので、意外にお得かも知れません。ちょっとクルーズファンになってしまいました。でも、今後の日蝕のスケジュールを見ると船が出そうなところはなさそうですね。次回は2012年のオーストラリア・ケアンズ。行くの?
2009.10.01
日蝕クルーズ(帰路)
皆既も終わったので気が抜けちゃったけど気を取り直して、日蝕翌日7月23日(木)、帰港前日のリポートです。いつものように朝食から。今朝も和食を注文。でも洋食のバイキングも取れるので、ホットケーキも追加。バターもたっぷりでメタボ一直線。
朝食を終わってから下船に際してのオリエンテーションを受けました。その後デッキに出ると、船の前方に孀婦岩(そうふがん)が見えてきました。こんな大きな岩が太平洋の真ん中につったっているんですねぇ。鳥の休憩所になっています。珍しいものをみていい気分です。
お昼過ぎには鳥島を通過。気象情報なんかで、名前だけは聞いたことがあるんですが、天然記念物のアホウドリの生育地として有名らしいです。かつての気象観測所跡もありました。その後は、船で食べる最後の昼食。今日は和食でした。
いろんな講演会が船上では開かれているにも関わらず、実はあんまり出席してなかったんですが、午後からの特別講演「占星術vs天文学」を面白そうなので聞きに行ってきました。出演者は天文台の渡部潤一氏と占星術研究家の鏡リュウジ氏。テレビ番組でよくやっていた超常バトルみないなのを期待してたんですが、お二人とも和気あいあい。渡部氏は鏡氏の著書に推薦文を書いてるんですって。まぁ、化学が錬金術で発達したように、天文学も昔は占星術と表裏一体。天文学の歴史や文化を語る上に占星術は切り離せませんからね。といっても今時、天体の運行と人の運命や人類の未来が関係あると考えている人たちがいて、それで生計を立てたり、そういう人たちにせっせと貢いだりしている人たちが存在しているのは釈然としませんが、まぁ、ぼくも初詣に行って賽銭し、形式的に家内安全を願ったり、子供にせがまれておみくじを買ってやったりしてるので、う~ん、五十歩百歩かもねぇ。
夕方、デッキに出ると夕焼けがすごくきれい。しばらく見とれていました。その後、メインラウンジでの「さよならレセプション」に出席。音楽演奏のあと船長や乗組員からあいさつの言葉とかがありました。
最後の夕食の献立です。洋食のフルコース。食事後はメインホールでビンゴ大会。結構早くにリーチがかかったのになかなかビンゴにならず。なんとか懐中電灯をいただけました。
あしたはいよいよ下船する日です。
2009.08.21
日蝕クルーズ(皆既当日)
7月22日(水)、皆既日蝕当日です。
朝の時点で雲はありますが、晴れました。朝日がまぶしいです。船は26度線あたりを航行中で、すでに皆既帯の北限に入ってるようです。早めの朝食を取りました。
8時前、船の右舷に北硫黄島が見えてきました。このあたりはすでに皆既の中心帯付近です。活火山で噴煙を上げているのかと思いましたが、雲だということでした。海上にぽつんと突き出た島には雲が出来やすいみたいです。この後、事前に割当たられていたスポーツデッキに出て機材のセッティングを行いました。
10時1分1秒、いよいよ日蝕が始まりました。太陽が欠け始めます。これを第1接触(1st Contact)と呼んでいます。ちなみに第2接触が皆既の始まり、第3が皆既の終わり、第4が日蝕の終了です。友人が、穴を空けた画用紙を持ってきていました。ピンホールカメラの原理で欠けた太陽が投影されています。笹の木を持ってきた人もいて、笹を通した太陽もごらんのとおりです。
皆既日蝕開始は、11時29分19秒。まずはダイヤモンドリングが見られ一瞬で終わります。ここから今世紀最大となる6分38秒の間、太陽が月に隠され、感動的なコロナが見られました。今回のコロナは太陽の活動が極小期の典型的な形状だそう。そして最後に再びダイヤモンドリングが現れ皆既日蝕が終了しました。
皆既中は、皆既帯だけ月に覆われ暗くなるわけですが、当然その外は部分日蝕で夕暮れのようにやや暗くなるだけです。そのため皆既帯から見る地平線は全周にわったって夕焼け空のようになります。皆既中にその写真も撮ろうと思ってたんですが、揺れる船で太陽を逃さないように望遠レンズで追っかけていたらすっかり忘れてしまいました。これは皆既終了直後ですが、うっすらと地平線の夕焼けが残ってるのがわかると思います。
今回、すばらしい洋上からの皆既日蝕を見られたんですが、唯一残念だったのがファンネルから出る煙に悩まされたこと。後方のデッキなので船の後ろに煙がたなびくんですよね。
12時52分53秒、日蝕は完全に終了し、本来の太陽が戻りました。デッキをぶらぶらしてふと海を見たら海面が真っ青。日蝕に夢中になっていて気がつかなかったんですが、こんな海の色みたことがなかったです。
船は、遠回りし、硫黄島をぐるっと周って帰路につくことになりました。硫黄島……。そう太平洋戦争の激戦の地、玉砕の島です。いまでも多くの遺骨が眠っているそうです。終戦後アメリカ領でしたが、日本に返還後は自衛隊の基地となり、島民はいません。今回の日蝕では特別に、国立天文台とNHKが上陸を許され観測を行っています。
このクルーズはNHK主催でNHKのスタッフも多く乗船しています。夜7時のニュースを見ていたら、やはり冒頭は今日の日蝕。他の観測地の天候が良くなかったようで、この船からの映像が多く取り上げられていました。で、な、なんと、機材をセッティングしているぼくが移ってるではないですが。2~3秒でしたがそれも大写しで。いやぁ、NHKの7時のニュースに出ちゃいましたよ。犯罪もしてないのに。
20時からはNHKの日蝕特別番組。メインラウンジで生中継を行うというので、見学に行きました。解説は渡部潤一氏。高齢の男性、この日蝕クルーズが新婚旅行だったカップルが特集として取り上げられていてインタビューも受けていました。
その後、夕食。寝る前には、船に乗って初めて夜食にありつけました。あたたかい蕎麦とデザート。明日は帰るだけの日です。
2009.08.20
日蝕クルーズ(南下)
7月21日(火)、ぱしふぃっくびいなすは、皆既日蝕帯に向かって南下中。朝起きたら甲板が湿っていて強風が吹き荒れています。夜のうちに雨も降ったみたいです。明日は晴れるのかちょっと不安になってきました。
出航後、初めての朝食です。和食と洋食バイキングが選べます。ぼくはもちろん和食。和食を注文してもバイキングを取りに行けるのでこちらのほうがお得。ついつい食べ過ぎちゃいます。
朝食のあと、メインホールで国立天文台の佐藤幹哉氏の「皆既日蝕観測の注意」を聞きました。その後、甲板に出て明日の観測場所の確認が行われる予定でしたが、各自の区画を区切ったテープが強風で飛ばされたり、甲板が濡れているので中止になりました。
昼食はこんな感じ。お昼にしては豪華です。船は、この後、気象衛星の画像を取り寄せて進路を決定。予想される皆既帯の晴天域へ向けて進路変更するとの発表がありました。
夕方は、メインラウンジでウェルカムレセプションが開かれました。ちなみにこのクルーズ、ドレスコードがあります。無指定、カジュアル、インフォーマルの3種類。船に乗る前は、「日蝕観測になんでスーツを持ってかなあかんの、何考えてるのアホちゃう?」とか思っていましたが、客船の豪華な設備と上質なサービスに触れていると、まぁ、船旅の文化も尊重しないといけないかなと思えちゃんですよね。このレセプションには乗船日の朝、ユニクロで買ったスーツを着て参加しました。
夕食後、星が出てるとみんなが騒いでるので甲板へ。徐々に晴れ上がってきた夜空は、天の川がはっきり見えています。周りにあかりがないので、射手座付近は雲のよう。しかも地平線近くまで見えます。こんな夜空はハレー彗星ツアーで行ったオーストラリアで見て以来かも。
夜、お風呂に入って夜食を食べて寝ようと、展望浴室への甲板を歩いていたら、旧知の天文台、福島英雄氏にばったり。天文台の打ち合わせ会に拉致されてしまいました。といってもぼくが参加したときはすでに単なる飲み会。天文台の渡部潤一氏と初めてお話をさせていただきましたが、ぼくが三重県から来たと知ると、松阪へ行ったときに松阪肉を食べに連れて行ってもらえなかったと、しきりに訴えておられました。でも、そんなんぼくに言われてもねぇ。
結局、お風呂には間に合いましたが、夜食は食べられず。明日は晴れて皆既日蝕を見られるかな?
2009.07.29
日蝕クルーズ(出航)
7月20日、近鉄、新幹線を乗り換えて新横浜駅。JRで桜木町駅まで。22日にインド~中国~トカラ~硫黄島で見られる皆既日食を洋上で観測するクルーズに参加するために横浜港へやってきました。
まずは、船が出航する港の大桟橋前、シルクセンターでオフィスを構えている、知人のT山氏を表敬訪問。オフィスからはぼくが乗る客船「ぱしふぃっくびぃなす」が正面に見えています。出港まで間があったので、T山氏と2人で桟橋を散歩。横浜港開港150周年と海の日で日本丸と海王丸が停泊中。桟橋はとても賑わっていました。
これがぼくが乗る「ぱしふっくびぃなす」。以前、小笠原の皆既日食で乗った「にっぽん丸」に比べると大きいし立派。これっていわゆる豪華客船ってやつ? いったん、オフィスに戻ってT山氏に荷物を乗船口まで運んでいただきました。荷物が重かったのでほんとうに助かりました。
船上のデッキでは、出港のセレモニー。音楽隊の演奏、そして出港のドラが港に鳴り渡りいよいよ出港。船から桟橋に投げられた別れのテープが切られ、乗客550人を乗せたぱしふぃっく・びぃなすはベイブリッジをくぐり5日間の長い船旅が始まりました。
ぼくの船室は8階の844号室。客室は5階からのようですが、それでも最上階は12階まであります。すごいですねぇ。同室は、日蝕仲間のK井とT田氏、そしてぼくの3人部屋。あやしげな男たちです。船室はエキストラベッドを入れているので狭いですが、以前乗ったにっぽん丸の蚕棚にくらべれば天国のよう。
乗船直後には、メインホールで船内生活のオリエンテーション、その後救命胴着を着けての避難訓練。乗船後、最初の食事が夕食です。1日目は和食ですが、品数も多くてかなり豪華。
航海中はたくさんの日蝕や天文関連の講演が組み込まれています。最初の講演は元東京天文台の日江井榮二郎氏の「日蝕とは」。日江井氏は21年前のぼくもちょこっとお手伝いをしたにっぽん丸での東京天文台皆既日蝕観測チームの陣頭指揮を執っていましたが、今回は顧問みたいな立場のようです。 話も興味深くて、前回から21年経ってるのにとっても若々しいですね。
寝る前に、11階の展望大浴場へ行きました。大浴場というほど広くはないんですが、そんなに混んでいなくて快適に入れました。浴槽は2槽あるんですが、間に穴があって船が揺れるとその間をすごい勢いで水が流れます。ジェットバスかなと一瞬思ったけど、ちょっと普通はない経験ですよねぇ。
この日は1時過ぎに就寝。
2009.07.19
1サロスを経て
明日から日蝕を見に行くので準備中。全然、はかどっていません。とりあえず、撮影機材を載せるステーを作って仮組みしてみました。カメラ2台、ビデオ1台を載せると、明らかに三脚の想定重量を超えてますねぇ。まぁ、いっか。
日蝕は今回で4回目。うち1回は金環食だったので、皆既は3回目。前回はメキシコのラパスでした。昨日のように思えますがもうあれから18年たったんですねぇ。しみじみ。前回も今世紀最長の皆既時間だと言われてました。1サロスを経た今回も今世紀最長だそうで、同じ巡り合わせの日蝕なんですね。
さて、この機材を何に入れていったらいいんでしょうか。ああ、生活用品とかも持って行かないといけないですね。う~ん、大丈夫かな?
2009.07.07
七夕
今年の七夕もあいにくの曇り空。でも、いつものように笹流しに岩田川へ行きました。例年激混みなので今年は20時過ぎに行ったんですが、まだまだたくさんの人でにぎわっていました。
ところが、な~んと毎年笹を投げ入れてる橋に柵があって通行禁止になっていました。通せんぼしている係の人によると橋に入れるのは20時までなんだって。代わりに投げ入れてあげるから笹を預かるというので渡して来ましたが、なんか違うんじゃないかなぁ、と渡してから思いました。だって、七夕は笹を橋から投げるのがメインイベントなわけでしょ。一生懸命短冊を作って願い事を書いて笹に括ってきれいに飾り付けをした息子がとっても悲しんでいました。
まだこんなににぎわっているのになんで通行止めにしちゃうんでしょうねぇ。まぁ、ここらへんはお役所仕事で、係の人も早く切り上げてさっさと帰りたいんでしょうね。
がっがりしつつ例年通り、分部町を回ってきましたが、ここもまだまだたくさんの人でにぎわっていました。お店も閉店間際なのかたたき売り。何も買いませんでしたけどね。









































































去年4月4日に

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